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引き算という生き方。

足すのと、引くのと、どちらが好きですか?

私は今でこそ引き算が大好きですが、かつては引き算を知らない人間でした。

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ずっと足し算の生き方をしてきました。

若いころ、常に渇望していました。

人に負けたくない欲を、全て物欲にあてていました。

周りにいる誰よりも早く新作のブランド物が欲しい。それに合う靴も欲しい。可愛い物が欲しい。美味しいお店で食べたいetc…。どんなに手に入れても欲望は尽きる事なく、満たされる事なく、常に何かを足していないと不安な日々。

足し算はお金がかかります。だから沢山働かなくてはいけませんでした。

昼夜働いて疲労困憊の毎日。そのストレスを足し算で癒していく。

30代に入るまでの12年間くらい、このループをひたすら繰り返していました。

この時期の生き方を否定はしません。この経験があるから今の自分があるし、本当にしんどかったけど、楽しかったのも事実だから。

インテリアも足し算でした。

ラグ、間接照明、フリルの多いリネン類、沢山のフォトフレーム、沢山のクッション、ぬいぐるみ、ミラー、香水の瓶たち、植木、造花etc…色々な物を所狭しと飾っていました。

色々な欲が抜け落ちてきた今でこそ、あっさりインテリアになっていますが、あの頃は姫系という、足し算ありきのインテリアが大好きでした。

物が多くて掃除が大変だから日頃の掃除は最低限で、大がかりな掃除を年に1回業者にお願いしていました。そんな状態だったのでアレルギーは常に酷く、医療費やケア代にまた足し算。

引き算という概念や感覚が完全に抜け落ちていました。

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今でもロマンチックな部屋は大好きです、嗜好や感覚はそうそう変わりません。

可愛くディスプレイされた部屋の写真等を見ると、今でもときめきます。でも掃除が大変だろうな。アレルギー酷くなりそう。と思うと「私のためのものではない」とあっさり諦めがつくようになりました。

年と共に身体の我慢が出来なくなってきたから…(苦笑)

ときめき<<<<暮らしていく楽さ なんですね、今は。

それを老いだとか女性らしさの欠如という、悲しい感情では捉えない様にしています、楽に生きたいという怠け者な自分を認めて、正直になっただけなんだなと。

終活は究極の引き算だ。

シンプルになった今でも、この2匹だけは手放しません。この位なら埃も気にならない。

知らぬ間に足されていたもの、自分で望んで足したもの、数多とある積み上げてきた足し算の証を、引き算で手放していく。

いつか、この世からいなくなる時に自分の足し算の証が、残された人たちの重荷にならない様に。

41で終活をしていると人に話すと「まだ早い」と必ずの様に言われますが、寿命は誰にもわかりません。明日交通事故で死ぬかもしれないし、来年治らない病にかかるかもしれない、はたまた100歳まで生きるかもしれない。誰にいつ死神の鎌がいつ振り下ろされるのか分からない。

だから終活に早すぎるはないと思います。

ネガティブな言葉に捉える方もいると思います。人生を終わる為の活動だと。

でも始めてみてください。引き算で暮らしが確実に楽になります。

いつ「人生を終える事になっても、綺麗に幕引きが出来る」状態というのは、毎日綺麗に身軽に楽に暮らせるということ。

長い人生で足してきた沢山のものを、少しずつでいいから引き算をして清算していく事が、老いても軽やかに暮らすコツなのだと思います。

 

 

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