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衣替えという行為を手放して2年目になります。

衣替えという年に2回の重労働。

子供の頃(昭和50年代)の話です。

春と秋の年に2回、押し入れの奥からプラ製のつづらの様な物を何個も取り出してきて、昨年着ていた洋服を引っ張り出し日用タンスに詰め、今まで着ていた服をつづらに詰めるという半日がかりの衣替えが一大イベントとしてありました。

確かうちではこのつづら1人2個が持ち分だったと記憶しています。その当時は4人家族だったので8個。季節外の保管している洋服だけでも結構な数です。

母の育児方針が「自分の事は自分でやる」だったので、小学生低学年の頃からこの作業をしていました。

きょうびこんな収納用具見ないよなーとググって見つけた画像。まさにこんな感じのビビットカラーでした。

「衣装ケース プラ製 昭和」の画像検索結果

防虫剤も当時は匂いのない物がなかったからか、衣替えした日は部屋がやたらと臭かった…(随所に見られる時代のギャップ)

収納に囲まれる生活が当たり前だった昭和時代。

収納といえば押し入れで、洋服は婚礼ダンスという文化が色濃く残っていた時代だからこそ、何処の友達の家にもタンスがありました。記憶の限りでは広くてスッキリして見えるお宅はありましたが「造り付けの収納だけで服が納まっている」様なお宅は何処にもありませんでした。

今でこそあんな背の高い収納家具が地震で方々から倒れてきたら…と防災目線で考える事が当たり前の世の中になってきましたが、当時は近年大きな地震がなく、そういう危機感があまりなかったのかなと。

一部の人にはあったのかもしれませんが…当時、私の見る限りでは転倒防止の措置をしているお宅はなかったと思います…。

勿論当時の我が家にも大人のスーツ類を常駐させているクローゼットタンスや、各部屋に各々のタンスがありました。勿論転倒防止措置など皆無。4LDKで1部屋1部屋が決して広い作りではなかったので、所狭しという表現がピッタリ。

当時と現在とでは住宅事情(間取りや収納)が大きく違うという要因も勿論ありますが、一番の原因は「衣類の多さ」にあったと思います。

季節外の衣類を大箱2つに保管してる上、1人当たり6段のタンスを埋めつくすって、子供時代からどんだけ衣装もちだったんだろう…。

狭小住宅を選び、服の収納家具や衣替えを手放しました。

本来衣替えは、時季を感じる趣深い行事なのかもしれません。

ですが年々落ちていく気力や体力で、衣替えという重労働を続けていくのは厳しいと感じました。

そして費用対効果(家の平米数に対しての荷物の割合や保管の手間)を考えると、季節ごとに衣装ケースを入れ替える行為も、季節外衣料の保管場所の確保も、これからの私には必要のない物や事の様に感じました。

そして終の棲家として、都心に小さなマンションを購入して、衣替えという行為を手放しました。

我が家のクローゼット。家族3人のオールシーズンの服が全て詰まっています。

現在の我が家の衣替えといえば、季節の服を取りやすい位置にずらし、季節外になる服をクリーニングに出す程度。10分かからずに終わる、とても楽な作業です。

昭和や衣替えという郷愁。

カラっと晴れている日を選んで半日がかりでする衣替えを、懐かしいなと思います。

「この服小さくなっちゃったわね」とか「またこの服着れるんだー」なんて話しながら、母の前でファッションショーをしたあの頃は本当に楽しかった。

でも、その行為も在りし日の母との思い出も、今の私には重すぎて…。

もっともっと身軽になりたいです…。

 

 

 

 

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